月別アーカイブ: 2013年11月

鉛筆一万本展の記事書いた

「鉛筆一万本超えちゃいまし展」に行ってきた

物を収集するという趣味がない。

数が集まってくればかっこいいんだけれども、もうその頃には完全に飽きている。ゴミがたくさんあるな、という状況。集まっていないうちはひたすらダサい。

鉛筆を一万本集めるってのはどんな気持ちでやっているんだろう、と思ってインタビューしてみたんだけど、これがさっぱり理解できなかった。

まず、ほとんどの鉛筆が未開封で箱から出してない。箱を眺めているのと同じでは?同じ鉛筆を何ダースも買い揃えているのもふしぎだった。

プリキュアとかゾロリとか最近の鉛筆があるところをみると、骨董的な価値にこだわっているわけでもない。

鉛筆を使うとアナログなアイデアが湧いてくるというのは同意見なんだけれども、よく考えたら収集の理由としては通らない。

おれが「なんで?なんで?」というかんじで聞くたびに山台さんが「なんで『なんで?』って感じになるの?」という表情でこっちを見るのが印象的だった。少年のような顔だった。

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北村薫せんせい、米澤穂信せんせい

デイリーポータルZのこちらの記事を参照してください。
私だってミステリー小説を書き上げたい

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櫻田さんのご厚意で、11/1東京創元社の鮎川賞・ミステリーズ!新人賞の授賞式にお招きいただいた。おれはわりと多感な時期に日本のミステリーばかり読んでいたので、まわりに有名推理小説家の方々がいらっしゃる状況でグニャグニャになってしまった。

痛いファン丸出しで、北村薫せんせいと米澤穂信せんせい(どちらも日常の謎)と一緒に写真を撮ってもらった。いろんな感情が湧きあがったし、ちょっと言葉を交わすことができたりして、そのことをブログに書こうと思ったのだけれども、いつまでたっても整理できない。あの辺のことを書くのは、もういいかな思う。

寝ぼけ悲しみ

DSC_0326(1)
ぼくは感情がトロいというか、あんまりその場その場で怒ったり悲しんだりしない。あとからじんわりと「あれはつらかったな」なんて思い出すことはある。よっぽど悲しいことがあっても泣くことなんてない。

でも、だいたい3か月にいっぺんくらい、ためこんでいた悲しみの感情が爆発してしまう。ぼくはこれを「寝ぼけ悲しみ」と呼んでいる。

朝、起き抜けの、半分夢の中にいるくらいのところで猛烈に悲しくなるのだ。仕事でうまくいかなかったこととか、人間関係の後悔とか、虚勢を張ってしまったとか、そういうことが悪夢のように連続で思い出されてくる(でも思い出している内容は現実にあったことなので夢ではない)。

そして寝ぼけて理性がない状態なので、そのまま大泣きしてしまう。これが本当に幼児がけんかに負けて泣いているような泣き方で、まくらカバーがびちゃびちゃになるくらい。時間感覚があいまいなのだがたぶん30分くらいは泣いていると思う。

こんなことを書くとなにか精神的に病んでいるように見えるかもしれないが、全然そんなことはない。寝ぼけ悲しみで大泣きすると、眼精疲労が一気にとれたりして、大変気分がいい。頭もちょっと軽くなるような感覚がある。むしろ寝ぼけ悲しみウェルカム。

こういうのって、ぼくだけなんだろうか。他の人にもあることなのかどうかちょっと気になる。以前これを人に話したら「変な人だね」っていわれた。